【今週の気づき/261】自ら動くことでしか
今週、「よかった」と思える出来事が2つあった。
1つは、参加しているエンジニア教育プロジェクトの打ち合わせだ。推進者が困っている様子だったことと、ぼく自身もより深く関わりたいという思いから、「一度、打ち合わせしませんか?」と打診したのだ。
10歳くらい年下の彼は、物腰が柔らかく、とても優しい雰囲気を持っている。一方で、トラックドライバーをしていた時期があったり、家電量販店の販売員として1位に輝いた実績があったりと、実はとてもタフな経歴の持ち主だった。人は見かけによらない。わかったつもりになり、舐めちゃいけない。打ち合わせ前には「オレが引っぱるぜ」と意気込んでいたけれど、打ち合わせ後には「ぜひサポートさせてください」という気持ちに変わっていた。結果的に、「ぜひ一緒にがんばっていきましょう」となり、とても喜んでもらえた。
2つ目は、友人とご飯に行ったことだ。松本から東京への引越を考えており、離れる前にとぼくから誘った。会うなり「最近どうよ?」とお互いに相手のことを知ろうとする会話は心地良い。仕事のこと、プライベートのこと、最近始めたAGA治療のことなどを話した。帰りの運転中、さみしくなる予感がして少し戸惑ったけれど、それほどまでに充実した時間だったのだと思う。
どちらも、自分から声をかけることで生まれた時間だった。
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会社を辞めて、なにも仕事がなく1か月くらいしたとき、「あ、いまこの瞬間に自分がいなくなっても世界はなんの問題もなく回り続けるんだな」と思っことがある。
組織に属していれば、任された業務や役割がある。自分が急にいなくなったとしたら、最終的には問題なく進むのだろうけれど、瞬間的に問題は生じるだろう。
でも、いまの自分はこの瞬間にいなくなってもなにも問題ない。世間はなにも困らない。そんな存在なのに、自分が世の中にどんな影響を与えられるのだろう。どうやって価値を生み出していけばいいのだろう。途方に暮れていた。
それでもあのとき、いわゆる「仕事」ではないけれど、動いていたことはある。人に会いに行き、その人の話を記事に書いてみたり、勝手に資料を作ってみたり。自分なりに動こうとしていたことはある。その動きが、いまにどのようにつながっているのかはわからないけれど、無関係ではないと思っている。
誰からも必要とされていないと感じるときこそ、自ら動くしかない。動くことでしか現状は変わらない。
「自ら機会をつくり、機会によって自らを変えよ」
大げさなことじゃなくてもいい。関係のある人に連絡を取ってみる。困っていそうな人の手伝いを申し出てみる。自分ができそうなことを、頼まれもしないのにやってみる。
機会をつくるとは、身近で小さな一歩から始まるものだ。
ちょっとまた、自ら動いていきたいなと思い、自分を鼓舞するためにも昔のことを思い出していました。

