【今週の気づき/275】自信の欠片
ワールドカップで試合をするのは、どのくらい緊張するのだろう。
正直に言うと、今年ワールドカップが開催されることを6月くらいまで知らなかった。日本代表に選ばれている選手も、名前を聞いたことあるかなくらいで、顔と名前が一致するのは4~5人くらいだ。むしろコーチとして招聘されている名波、長谷部、中村俊輔の方が馴染みがある。
それでも日曜日の試合ではテレビの前で日本のゴールによろこび、リアルタイムで見られない時間帯の試合はネットで結果をチェックしている。完全なにわかファンである。
それでも試合を見ていると、選手たちはどれほど緊張しているのだろうと思う。
「緊張したいか」と問われたら、ぼくはしたくないと声を大にして答える。できれば穏やかに過ごしていたい。
高校の部活では、練習試合でも打席に立つときには緊張していた。草野球の試合でさえもそうだった。
相手のピッチャーはどんな球を投げるだろうか。自分は打てるだろうか。うまく守備ができるか。勝てるだろうか。
人生には、どうしても緊張する場面がやってくる。部活の試合、受験、中学や高校での初日、資格試験、人前でのプレゼン。
うまくいけばいい。でも、うまくいかなかったら、なにかを失ってしまうような気がして怖くなる。
「きっとうまくいくから大丈夫」
もちろん、そう声をかけてもらえたらうれしいし、自分自身にもそう言い聞かせがちだ。
でも、本当にかけてもらいたい言葉は、
うまくいっても、うまくいかなくても大丈夫。
なのかもしれない。
仮に今回は望む結果を得られなかったとしても、そのさきでもっといいものを手に入れているはずである。だから君(自分)なら大丈夫。なぜならば、これまで積み上げてきたものがあるから。
帰宅の電車で
今週は、後輩2人と食事をする機会があった。
とても楽しい食事会だった。お互いにがんばっていることを認め合い、それでいて驕るわけでもなく、自分を大きく見せるわけでもない。そこには自然体でいられる自分がいた。
帰りの電車で、吊り革につかまりながら外を眺めているとき、ふと、
「自分は大丈夫かもしれない」
と思えた。
この先、調子に乗って失敗することがあるかもしれない。
自分の我や正しさを押し通して、人と衝突することがあるかもしれない。
自分の至らなさを晒すことがあるかもしれない。
それでも最後は、また前を向いて、うまくいく自分に向かえるような気がする。
内側から湧いてくる自信のようなものが、かすかに自分のなかにあるのを感じた。
そんなことを思いながら、電車に揺られていた。

