【今週の気づき/276】正しさについて
自分の専門分野に関する議題で話をしているとき。
話をしていて、相手の方よりも自分のほうが知識や経験があると感じることがある。そのときに「わからないので任せます」と言ってくれる人はとても助かるし、力になりたいと思う。
一方で厄介なのは、あまり深くない、表面的な知識を持っている人が、誤った提案をしてくることだ。
こちらからすると、「それはあまりいい方法ではないですよ」と思うことを主張してくる。正面から「それは間違っていますよ」と言うと角が立つし、相手の顔を潰しかねない。自分に関係のないことであれば「まあ、そのうちわかるかな」と放っておける。
しかし、自分に関わることであれば、「その方法はあまりよろしくない」と伝えないと、そのよろしくない方法についても検討しなければならなくなる。
ぼくは、自分の時間をこの「いい方法ではない」ことに使うのがたまらなく嫌なのである。
正しさは主張するのではなく使用する
それなりに生きてきて、それなりに勉強もしてきた。そのなかで、自分の正しさを握りしめることは、人間関係においてあまりよいことではないと学んできた。そして少しずつではあるけれど、その正しさみたいなものを手放せるようになってきた実感もある。
一方で、仕事においては自分の正しさを持っている。握りしめている。とくに科学的なことがらであれば、明らかな「正解」と「不正解」がある。
だからこそ、自分の正しさを証明したくなる。
「いやいや、おれの言うことが正しいのだから、素直に言うこと聞いてくれよ」となる。
今週はまさに、自分の正しさを証明したくなる場面に出くわして、ひとりでワナワナ、あるいはプンプンしていた。
これをどう乗り越えていくのかが、いまの自分の課題だと思っている。
正しさを主張するのではなく、正しさを適切に使用する。ではどのように使用するのか。
ヒントは「相手の目的にフォーカスする」ことなのかなと思っている。
相手の目的にフォーカスすれば、自分の正しさを押し付けることなく、正しさを役立てることができる気がしている。

