最近のお気に入りの時間がある。

土日にひとりでカフェに行き、手帳を開く時間だ。カフェには、勉強する人、本を読む人、パソコンをいじる人、おしゃべりする人。いろんな人がいる。みんな、それぞれの「自分のための時間」をそこで過ごしている。そのなかでぼくも今週をふり返り、よかったこと、もっとよくできること、次の週のテーマを手帳に書き込む。ページを1枚めくり、次の週が終わる頃をイメージする。どんな週になったら満足するのかを書く。そのためにやること、それをいつやるのかを計画していく。いわば、自分の生きてきた足跡を確認し、未来の時間を自分で決める作業だ。

中学生のころ

計画というと、ぼくは中学生の頃の試験勉強を思い出す。

あの頃は、進研ゼミの「チャレンジ」をやっていた。中間試験や期末試験の1か月前くらいになると、勉強計画を立てるための特集が組まれていたと記憶している。

「ほうほう、こうやって計画を立てるのか」

と、特集に沿ってせっせと計画を立てる。この日は英語と数学。この日はこの科目をここまで。日程に余裕があれば「まあ、1日このくらいでいいのか」となるし、計画を立てるのが遅れて余裕がないと「1日にこんなに勉強しなきゃいけないのか」と絶望に似た焦りが生まれる。

まあ、どっちにしても計画通りには進まない。計画を立てた意味があるのかと思えるくらい、見事なまでに計画通りにはならないのだ。

いまの計画

そんなぼくが今、誰に言われるでもなく、何かに強制されるでもなく、毎週自分で計画を立てている。あの頃の計画と、一体なにが違うのだろうか。

それは、これが「自分を満足させるための計画」だからだろう。

正直に言えば、いまも計画通りには進まないことの方が多い。でも、それでいいと思っている。この計画の目的は「予定を完璧にこなすこと」ではなく、「自分の満足に向かって時間を使うこと」だからである。

週のはじめに計画があると、1日の始まり方がガラリと変わる。「今日なにしようか」から始まる日と、「今日はこれをやる日」から始まる日では、その日に対する主体性がまったく変わってくるのだ。

「やらされる時間」ではなく、自分から「やる時間」を意図的につくっていくのである。

カフェで、それぞれが自分の時間に集中していたように、ぼくも自分の時間を自分で決める。主体的に生きるコツは、満足できる1週間をはじめに手帳に描いておくことなのかなと、いまは思っている。