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【今週の気づき/067】ほんとうの自由とは

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肌寒さを感じる季節になった。

毎年この季節になると、スキー場の早割シーズン券が発売され始める。シーズン券を買うべきか、買うとしたらどのスキー場にしようか、そんなことを考えながら、スキーに意識が向き始める季節だ。

子供の頃、初めてスキーブーツを履いたときは衝撃を受けた。足首を固定し、歩く機能を放棄したような不自由さに「なんて歩きにくいんだ」と困惑した。しかし、足首が固定されていなければ、あの長い板を思うように操作できないだろう。足首の自由を奪うからこそ、スキー板の操作がしやすくなる。不自由さと引き換えに、スキーができるのだ。

新しく始めた夜の習慣

最近、新しく始めた習慣がある。それは、夜寝る前に翌日の時間割、つまりスケジュールを決める習慣だ。会社にいる頃から1日の時間割をつくっていたが、その作業は朝の業務開始のときにやっていた。

退職後もしばらくは、在職中と同じように朝に時間割をつくっていた。しかし、業務開始の時間が決まっていない中、時間割をつくるという面倒な作業を始めるのは気が重い。時間割をつくるまでにダラダラと過ごしてしまうことや、朝起きる時間によっては、予定を立てないときもあった。

すると、1日の流れが崩れてしまう。行動の拠り所が無いと、何かひとつ作業をしても、次に何をやろうか迷いが生じる。すると、ついつい目についた物事に取り掛かってしまう。洗濯物や部屋の片付け、掃除。これらをするならまだいい方で、気づいたらネットの海で溺れかけているのが常だ。

そんな1日を過ごしてしまうと、夜の「俺は今日一日、何もしていない」感がすごい。自己肯定感が削られる。これは危険だ。

このままでは「まずい」と思い、時間割づくりを前日の夜にすることにした翌日の自分をコーチするつもりで、スケジュールを組むのだ。そして当日は、前日の自分コーチの指示通りに動く。自分で自分の行動に制限をかけ、余計な迷いを取り除く。迷いを取り除くことは、ある意味で自由を奪うことでもあるが、そうやって動いてみると、夜には充実感が得られるのだ。

ほんとうの自由とは

せっかく会社を辞めたのに、結局自由を拘束されているのではないか。それでは会社にいるときと変わらないのではないか。そう思うかもしれない。しかし、全く違うのだ。不自由を外部から強いられるか、自ら課すのか。この違いは大きい。自分で不自由さを選ぶから「ほんとうの自由」に向かえている感覚があるのだ。

ほんとうの自由とはなにか。それは「制限なく何でもやっていい状態」ではきっとない。何でもやっていいと迷いや不安が生じ、自由を奪われることだってある。むしろ、拘束されるからこそ、引き出される能力もあるだろうし、制限があるから、迷いや不安が消えることだってある。問題はどんな拘束や制限を受け入れるかだ。

スキーがやりたければスキーブーツを履くように、自分がやりたいことに合わせて自分に不自由さを課していく。外的に強いられた制限や拘束ではなく、自ら不自由を選択することに意味がある。きっと、ほんとうの自由とは、自ら不自由を選択できる状態なのだ。

自分コーチ

と言いながら、自分コーチとして、翌日の自分に不自由を課しているが、これがなかなか難しい。このくらいはできるだろうと、翌日の自分に期待するも、大抵スケジュール通りにはいかない。寝るのが遅くなってしまう日もある。自分コーチもまだ経験が浅く、ついつい翌日の自分に厳しくなってしまうのだ。きっとこれからも、ずっと長い付き合いになるだろうから、もう少し優しいコーチを希望したいものである。