ボーナスの時期である。
いや、わかってますよ。もうボーナスがもらえる立場ではないことは。昨年9月に退職してから、夏期と冬期を合わせて3回目のボーナス時期である。今年は個人事業として本格的に働きはじめた年だった。とうぜん年収が何分のイチまで下がることは想定していたし、実際その通りになった。しかし年収うんぬんよりも、ボーナスをもらえるかどうかのほうが大きいんですね。
ということで今週は「個人事業の敵はボーナスである」についての気づきである。
同期との食事
今週、前職の同期と夕食を共にした。久しぶりに会い、「最近どうよ」なんて言いながら、会社のことや個人で働くことについてアレヤコレヤと話したり、この先のやりたいことなんかについて意見を交わしたりと、たのしい時間だった。しかし、業績の話をきっかけに、今年のボーナスについての話題になったとき、心穏やかではなかった。輸出企業だった前職では円安により業績もよく、今年の冬は○カ月ぶんだという。
「おいまてよ。夏と冬のボーナスだけで、今年のわしの粗利を超えとるやないかい」
わかってはいたものの、いざ現実を目の当たりにすると思ったよりも衝撃は強い。衝撃というよりも、もはやダメージだ。
個人事業の敵は月給や年収ではなく、ボーナスである
月給に差があるのはいい。個人で働きだして、すぐに稼げるとも思っていない。むしろこの稼げていない時期を経験するから、人としての成長があると思っているところもある。だから月給に関してはいい。しかし、ボーナスは違う。それはなぜか。
例えるならば、小学生の頃にお金持ちのクラスメイトがおもちゃやゲームを買ってもらっているのをうらやむ気持ちに似ている。
「誕生日になにかもらえるのはわかる。でも、運動会がんばったとかでゲーム買ってもらえるの、おかしくない?」
である。
誕生日にもらえるプレゼントに違いがあるのはいい。お金持ちの子どもは高いものがもらえるのはわかる。でも、もらえる回数が変わるのってずるくない?
そんな気持ちになるのだ。
会社員のころはボーナスの時期はやっぱり嬉しくてウキウキしていた。それが一転、個人事業主になってからは妬みやうらやましさの対象になる。冷静に考えれば、年収の比較だけすればなんてことない。しかし、ボーナスという特別感のある収入があるだけで、気持ちがこんなにも変わるのだから、人間とは不思議なものだ。
ビジネスで考えるならば、同じ額を支払う(または価値提供する)にしても、支払い方(提供の仕方)で相手の満足度はこうも変わるということなのだろう。
自分に支給できるように
さてさて、こんな気持ちになれたのも、個人事業を始めてみたからなんですよね。生きる意味を、「あらゆる体験をするため」と考えるならば、またひとつ体験を得られたということです。今年のボーナスはないけれど、いまはボーナスを貯めていると思うことにします。頑張っていれば、そのうち自分で自分にボーナスが払えるようになる。それを夢見てやっていきます。(ボーナスがほしい!)
今週のいちまい
青と白。看板と空が似ていました。
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