はじめはちいさな虫だと思った。
右目の視界の中心付近にぴょんぴょんと移動する黒くて細長いものが見える。いわゆる飛蚊症である。本を読んでいても、パソコン作業をしていても、運転をしていても、眼の前に黒い物体がぴょんぴょん跳ねる。とにかく邪魔である。気を取られるのだ。
ネットで調べてみると「網膜剥離の可能性がある」というただならぬ文言が目に入る。「早めに眼科を受診せよ」と。
怪我や病気ではない原因
とういうわけで今週、眼科を受診した。眼科では、視力検査や眼底検査をしたのち、医師に目視で診察してもらった。
薄暗い部屋のなかで、眼に強めの光を当てられながら、「上見て」「右見て」と医師の声に合わせて眼を動かす。
一通り診察が終わったあと、診断名が告げられた。
「後部硝子体剥離ですね」
耳慣れない診断名である。
どうやら眼球を満たす硝子体というものが網膜から剥がれ、剥がれた部分に濁りのような、ゴミのようなものがついていて、それが見えるのである。
硝子体内部を満たしているゲル状の物質は、年齢とともに水っぽくなり、体積が減る。そうするといつか網膜から剥がれるそうだ。一種の老化現象である。
網膜剥離でないことに安堵しつつも、眼のなかに異常が生じたことには変わらない。そして何より、いま現在も視界に映る黒い物体が邪魔である。
撮影した写真を見ながら医師が眼の状態を説明してくれる。
医師「ああ、これね。真ん中にあるね~、うざったいよね」
自分「そうなんですよ。これは時間経てばなくなるんですか?(なくなるんですよね? ね?)」
医師「残念ながら、なくならないんだよね」
自分「え、このままってことですか?」
医師「老化現象だからね」
老化。治らない。
「え? うそでしょ? もうずっとこのままなの?」
確かに42歳、平均寿命を考えれば人生の折り返しは過ぎている。でもその自覚はない。まだまだ人生は続いていきそうだし、何ならまだまだ成長する気である。伸びしろだらけだし今後もなにかを得ていこうと思っている。それなのに「老化」「治らない」とはなにごとか。失っているではないか、クリアだった視界を。
健康の期限
たとえば虫歯になったとしても、治療の痕は残るけど、問題なく生活はできる。病気や怪我をしても、一時的に生活は不便になるが、いつかは治ってもとの生活に戻れる。
たとえば怠惰な生活をして太ったとしても、がんばればもとの体重に戻れると思えている。身体がかたくなってもストレッチを続けたらもとの柔軟性になる。身体の衰えさえも、運動を続ければまた動けるようになるとも思えている。
いつもどこかでは、なんだかんだ元の生活に戻れると思っていた。戻れるのが当然のことだと思っていた。
しかし、今回は戻らないという話だ。
もとの生活に戻れないという経験は、もしかしたらはじめてである。
このように、元に戻れないことは今後増えていくのだろう。
いまの状態にも期限があるのだ。
できることから
いつまでも同じように見えたり聞こえたり動けたりするわけではないですね。やりたいと思ったことはできるうちにやっていこうと思いました。とりあえずは身近な人との時間を増やせるようにやっていきます。