木曜の昼前、警察署から電話があった。

話を聞いてみると、母が預金からお金を引き出そうとしたらしい。

「信さんに、とおっしゃってるんですが、最近なにかお金の話をされましたか?」

「とくにそんな話はしてないですけど」

「信さんには息子さんがいらっしゃいますよね。学費のことでなにかお話はありましたか?」

「学費もとくに困ってないので話してないと思います」

「お母様とご連絡は取れますか? ご連絡を取って、話をしていただけないでしょうか」

「まさか、うちに詐欺?」

と心配になりつつ電話をしたが、詐欺ではないことがわかった。

どうやら母は、以前読んだ『DIE WITH ZERO』のなかで書かれていた「遺産を残すよりも、生きているうちに渡したほうがいい」という考えを実行したかったらしい。5人の孫たちにと、現金を下ろそうとしたのだ。だが80代の母にとって、まとまった額の引き出しは大ごとになってしまう。

警察からは電話口で本人確認が行われ、最後に母と話した。

「仕事中に悪いね」

と母は言った。

「全然大丈夫だよ」

と答えた。

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東京への引越を決めて、今週の月曜日に部屋の契約を申し込んだ。現在は審査中で、審査が通れば引越は5月中旬くらいになるだろう。

卒業というものが昔から苦手だった。小学校でも、中学でも、高校でも。もうここには戻れないのだという、あの胸のあたりにくる寂しさに、どう対処すればいいのかわからずにいる。

松本に住んで18年になる。いまのアパートにも同じく18年住んでいることになる。実家よりも長く住んでいる場所だ。ぼくにとってこのアパートは、実家みたいなものだ。まさに拠点であり、砦でもある。この場所を離れる実感はまだない。けれど、いま窓から見えているこの景色も、もう見ることはないのだと思うと、あの対処の仕方がわからない寂しさが、またこみ上げてくる。

「常ならず」という言葉がある。

日々は変わっていないように見えても、確実に変化している。自分も、まわりも、同じように見えて、少しずつ形を変え、少しずつ死に向かっている。

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東京での暮らしを想像してみる。

仕事で直接関わる人も増やしていくつもりだし、東京の知人に会う機会も増やしたい。仕事の幅を広げ、世の中に役立つことをもっとやっていきたい。そう考えると、楽しみでもある。

引越先は、実家へ自転車で行ける距離になる予定だ。

これからは、母と会う機会も増やそうと思う。