髪を切りに美容院に行った。

新人さんだろうか。あまり顔を見かけない方に、カット後のシャンプーをしてもらった。両方の手で泡と髪を包むような動作。とても丁寧で安心できる。慣れや手際の良さも大事かもしれないが、丁寧さはやってもらう側にとって心地がいい。もうちょっと洗ってもらいたい、と思うくらいだった。

丁寧さとは

料理をつくっていて不思議に思うことがある。それは、その料理をつくるのに慣れてきた頃よりも、初めてつくったときのほうがおいしくできることがあるのだ。それはきっと初めての丁寧さがあるからだろう。ここでの丁寧さとは、「計ること」。材料の分量や大きさ、調味料の重さ、火にかける時間や待つ時間。それらひとつひとつを確認しながらレシピ通りにつくる。

しかし、慣れてくるとだんだん適当になる。分量も火にかける時間も、少しくらいずれても気にしない。それよりも手際やスピードを優先する。だから初めてのほうがおいしくできちゃったりするのだろう。

プロの丁寧さと「美意識」

ここからは想像だが、プロは「計ること」に加えて、独自の「基準」を設けているのだと思う。たとえば盛り付けの美しさ。ハンバーグのソースのかかり具合とか、バルサミコ酢ソースで描く皿の上の模様とか。数値にならない基準としての美意識。美意識とは、自分の中での決まりごとやルールみたいなもの。数値で計り、美意識で律する。それが、プロの丁寧さの正体ではないだろうか。

自分の仕事の丁寧さ

では、翻って自分の仕事はどうだろう。慣れや手際の良さはあるだろうが、「丁寧さ」は残っているだろうか。

自分のなかで決めていることは、あるっちゃある。資料をわかりやすくつくること、論理的な理由を添えること、スピーディに実行すること。ただ、それらは頭のなかで「そうありたい」と思っているだけで、具体的な数値や基準にまでは落とし込めていない。

ここまでを踏まえて「丁寧さとはなにか」を整理すると、次の二つに行き着く。

ひとつは「計ること」。数値で確認し、同じ水準を再現できるようにすること。

もう一つは「基準を設けること」。それは自分の美意識から生まれる、判断の拠りどころとなる決まりやルールを持つこと。

自分のなかの丁寧さを保つためにも、数値にできるものは数値化する。そして曖昧な部分は、チェックポイントとしてのルールを言葉にしてみようと思いました。

会計の雑さ

2025年の会計処理が終わり、確定申告の準備は完了しました。

昨年の11月から今年の1月までの3ヶ月分。もう記憶にない領収書と記憶にないカード履歴を照合しながらマウスをポチポチしていく。淡々と粛々と。正直、この作業は多少雑になっても手際よく、スピーディにやっていきたい作業です。

その意味では、丁寧にやりたいことを仕事にする、というのは大事な視点かもしれない。

会計処理のように手際よく終わらせたい作業もあれば、時間をかけて向き合いたい仕事もある。全部を丁寧にやろうとするのではなく、どこに丁寧さを使うのかを自分で決める。

あのシャンプーのように、受け取る側が安心できる丁寧さを、自分の仕事にも残していきたいと思いました。