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【今週の気づき/248】欲しいものはゲームのなかに

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「こんなことをしている場合ではない」

ゲームの話である。この1週間、SNS広告で流れてきた三国志のゲーム。あそこでワンクリックしたのがいけなかった。三国志のゲームはいくつかやったこともあるしマンガも読んだことがある。そこで描かれているキャラクター(曹操、劉備、孫権や、諸葛亮、夏侯惇、周瑜など)に勝手に思い入れもある。ただ、あのクリックがいけなかった。夜な夜な「こんなことをしている場合ではない」と思いながら気づけば数時間、ゲームをしている。

やりたいこと vs やりたいこと

本当にこんなことをしている場合ではない。週末には検定試験を控えている。その勉強もしたい。仕事の幅を広げるための勉強もしたい。読みたい本もたくさんある。ストレッチもしたい。お風呂だって2回入りたい。それなのにゲームをしている自分がいる。一体なぜだろうか。なぜぼくはゲームに時間を捧げているのだろうか。

ゲームでは、キャラクターがわかりやすく強くなっていく。アイテムを入手して、それを使うとレベルが上がる。技を強くするためのアイテムもある。キャラクターが強くなれば戦闘で有利になる。もらえる褒章も増える。そして褒章が貰えればまたアイテムを入手しやすくなる。好循環の中に簡単に入れる。

三国志ゲームではプレイヤーが協力するという要素もある。魏・呉・蜀の3つの国に分かれて戦う。それぞれの国ではチャットができ、どこを攻めよう、どこを防衛ラインにしようなど掲示板に書かれていく。作戦を立てて協力していく。他の2国に同時に攻められたときには最大のピンチになるけれど、それを凌ぎきったときにはともに困難を乗り越えたようなある種の達成感や仲間意識のようなものが得られる。

なるほど。ぼくはこの2つを得たいのだろう。

成長の好循環に入ること。経験をして、成長して、さらにまた違う経験をする。この循環に入りたい。

共通目的のもとで仲間と困難を乗り越えること。超絶なピンチや困難を一緒に乗り越えて、達成感を共有して仲間意識を感じたい。

本当はこの手応えを、ゲームではなくリアルで得たい。だけどゲームだと手軽にインスタントにこれらが得られる。だから他にやりたいことがあるのに(やらないとと思っているのに)、ついゲームをしてしまうのだろう。

「こんなことをしている場合ではない」ということの中にこそ、自分が本当に得たもののヒントが見つかるものなのだ。

ゲームのように生きるには

でも、ゲームのキャラクターをいくらレベルアップさせても、現実の自分のレベルは上がらない。頭ではわかっているのに、やってしまうのが人間ってものですよね。

「人生はゲームだ」という人がいるけれど、ぼくもそう捉えられるようになりたいものです。まずはわかりやすく、自分のレベルを可視化してみるのもひとつの手かな。

近くの銀杏の木が金色に輝いていました