【今週の気づき/259】特急あずさの中での自由
松本と東京の往復には、特急「あずさ」を使っている。
全席指定。いつも前日や当日に、予約サイト「えきねっと」で座席を確保する。日時と乗車駅、降車駅を指定し、座席の空き状況を眺める。時期や時間帯にもよるが、空いていれば窓側の座席を取れるし、混んでいれば窓側の座席は埋まっていて通路側しか空いていない。
問題は、窓側が埋まっているときである。
予約サイトでわかるのは、座席を予約できるかどうかだけ。誰が、どこからどこまで乗るのかまではわからない。ぼくは始発から終点近くまで乗る。いざ乗車してみると、車内は意外と空いていて、二人掛けの座席がそのまま空いている場所もちらほら見える。それなのに、自分のところはすでに隣に人が座っている。そんな日もある。そして今日が、まさにその日である。ちょっとだけ気まずい。
指定席は、座れる保証はあるけれど自由はない。一方で自由席は、座れる保証はないけれど、空いている好きな場所を選べる。自由席であれば、わざわざ隣に人がいるところに座らずに、空いている二人掛けの席の窓側に座るだろう。
自由業の不自由さ
ぼくは世間一般でいうと、フリーランスになるだろう。
時間も場所も、基本的には自由にできる。誰かに指定されているわけではない。とはいえ、平日はほとんど家から出ずに仕事をしている。場所の自由はある。でも、ディスプレイの数(最近3つにしたら調子がいい)、大量の参考書、オンライン会議の環境を考えたら、結局は家が一番快適だ。気がついたら3日間、家から出ていなかったときもある。
仕事の効率を考えたら、場所はおのずと決まってくる。人間らしい生活をしようと思えば、働く時間帯も自然と平日の昼間になる。
「仕事が片付いたのに会社に残らなければならない」という拘束はない。けれど、フリーランスの自由は、いわゆる「解放感のある自由」とは少し違うのかもしれない。
自由とは
自由とはなんだろうか。どんなときに自由や不自由を感じるのだろうか。
座席が空いているのに、隣に人がいたら不自由を感じるだろう。一方で、自由席でも席がいっぱいなら不自由を感じるかもしれない。
自分はなにに不自由さを感じるのだろう。
「仕事に集中したい、人と関わりたい、天気の良い日は外に出たい」。ただ、それだけのことのような気もする。
午前10時。あずさはもうすぐ降車駅の八王子に到着する。電車の中には、寝ている人、スマホを見ている人、パソコンを開いている人、様々な人がいる。斜め前の席でスーツケースを持ったサラリーマン風のおじさんは、電車内で充電しながらSwitchのゲームをやっている。
自由というのは、身の回りの条件や環境で決まるものではなく、もっと自分自身で「選べる」ものなのかもしれない。

