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【今週の気づき/122】自分という役割

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一度だけ、会社で泣いたことがある。

新卒で入社してすぐ、「メカ研修」という技術系の研修があった。この研修は、メカ系の新人が約3ヶ月にわたって設計を学ぶためのものだ。

6人グループ6班の36人。はじめの1.5ヶ月位は座学であり、設計者の心がけや図面の引き方、CADの使い方などを学んでいく。後半の1.5ヶ月はグループごとに制作物を決め、班で協力しながら設計し、光造形(今で言う3Dプリンタ)で制作するものだ。

各班にはリーダーがひとり選出される。入社まもなく成長意欲まんまんだったぼくは「何ごとも経験でしょ」と、慣れないリーダーに立候補した。

牛越さん

研修の講師の一人に、牛越さんという方がいた。年は70歳前後だろうか。時計の技工士であり、たしか「現代の名工」に選ばれたこともある人だ。退職後に再雇用される形で研修の講師をされている。物腰が柔らかく、やさしく教えてくれる一方で、やさしい口調のまま厳しいことも伝えてくれる。ぼくらはそんな牛越さんが好きだった。

たとえば、おもちゃの車(消防車)の寸法を測り、図面に落とし込むという研修のときだ。

図面というのはただ寸法を書き込んだ紙ではなく、設計者の考えや意図を反映するものだ。どの寸法が大切で、どこは優先度が低いかを図面上に表す。図面を見れば、プロか素人か一発で伝わる。だから設計者の意図をきちんと図面に落とし込む必要がある。その練習だ。

ぼくは比較的教えを守るのは上手な方なので、消防車を測りながら、大事であろうタイヤ間の距離や消防車のはしごなどの寸法を記入していった。一方で細かい部分、たとえば窓ガラスやライトの位置などは省略した。

ぼくが書いた図面を見た牛越さんはコメントをしてくれた。「丁寧に書かれた図面で、きれいに書けている。でも、寸法が書かれていないところもあり、これは手を抜いたとも言え、仕事をなめているとも取れる」と笑顔で言ってくれた。図面から自分の仕事に対する姿勢を指摘してくれたのだ。グサッと刺さりつつ、響く言葉だった。

制作物のテーマ

研修の後半は班ごとに制作物をつくる期間だ。なにをつくるのかは自由。自分たちで企画し、設計し、組み立てる。ひとつだけ条件があるとしたら、光造形(3Dプリンタ)でつくれるサイズということだ。

「牛越さんが驚くものをつくろう」。

ぼくらの班で最初に決まったのはこれだった。何をつくるのかは全く決まっていない。でも、牛越さんが驚くようなものをつくりたい。それで意見は一致した。

でも、どうやったら驚くのか。簡単なものでは驚かない。かといって難しすぎてもつくれない。牛越さんが驚き、かつ自分たちが頑張ればつくれるもの。それはどういうものか。

議論はまとまらなかった。意見を出し合うも、なかなか決まらない。他のグループがもうテーマを決め、設計に取り掛かっていても、ぼくらはまだ話し合っていた。

牛越さんといえば、「悠久」という時計だ。パチンコ玉くらいの鉄球をつかって時間の進みを表現する。たしか国内の賞を受賞した作品だ。

悠久

「やっぱり時計がいいだろう」
「パチンコ玉をつかうようにしよう」
「これはメカ研修だ。電気や電池は使いたくない」
「でも時計のようにずっと動くものはむずかしい」

「じゃあタイマーにしよう」

パチンコ玉をつかって時間を計るタイマーに決めた。時間の刻み方はシーソーのように動かせばいい。だからシーソータイマーだ。

製作期間

テーマと構想を決めてからも時間はかかった。アイデアを詰め込み、提出期限ギリギリで提出して出来上がった最初の試作品は、まったく動かなかった。時間がないなか、心臓部とも言える機構部分はイチからアイデアを練り直す必要に迫られた。

この機構の担当はぼくだった。自分のところで失敗させるわけにはいかない。機構の考え方を根本的に見直した。その結果、最後に出てきたアイデアはパチンコ玉をシーソーの左右に分配する分配器の動きをシーソーと逆の動きにするという、逆転の発想だった。

でも、これをすると、その他の部品も再設計する必要が出てしまう。メンバーに相談した。

「こういう機構にしようと思うんだけど」

「賛成!」「それでいこう!」

すぐに再設計に取り掛かった。新入社員で残業が禁止されていたにも関わらず、連日夜までの作業も、講師の方たちは黙認してくれていた。

きっとこれで動く。これで動かなければもう、しょうがない。

数日後に修正品が届き、さっそく組み立てた。恐る恐る最初のパチンコ玉を落としたところ、シーソーがカタカタと動きだした。班のメンバーが声を上げた。ハイタッチもした。その騒ぎに気づいた牛越さんは、読んでいた書類から目を離し、老眼鏡を外しながら小走りに来てくれた。笑っていた。

シーソータイマーの動画

最終プレゼン

研修最終日。制作物を発表するプレゼンがあった。研修受講者の上司や先輩など、40~50人くらいが集まった前での発表だ。

ぼくらは意気揚々としていた。良いものをつくった自負はあった。この成果をぜひともいろんな人に知ってもらいたい。制作物が動くところを見てもらいたい。工夫したところや、アイデアの奇抜さを語りたい。

プレゼンは、「どうでしょ? すごいでしょ?」という気持ちを抑えきれないものになっていたと思う。質疑応答もどんとこいだ。機構のことや苦労したことなどもっと話したい。もっと聞いてくれ。そんな気持ちで質問に対して各部分を担当したメンバーが答えていたと思う。

いくつかの質問を受けたあと、最後の質問は、「早く仕事をするために、改善点はありますか?」だった。

プレゼンのなかに、形式上で反省点を記載していた。その反省点とは「作業時間を超えて作業をすることがあった」だったのだから当然の質問だろう。反省したのなら改善点が必要だ。反省したまま改善がなければ、同じことの繰り返しだ。その改善があるから仕事が効率化される。

マイクはリーダーのぼくに回ってきた。そして、ぼくは固まった。

テーマを決めるとき、なかなか決まらず、黙ったままの時間が過ぎたこともあった。でも諦めずに考え続けたから、「これだ」というテーマにたどり着けた。

冗談を言ったり雑談をしたりする時間はあった。研修や制作物に全く関係のない話で笑い合うこともあった。でも、その時間があったからチームとしてまとまったし、雑談から生まれたアイデアもあった。

たしかに最初の試作品はまったく動かなかった。でも、最初からうまくいく方法なんてあったのだろうか?

おそらく質問者はなんらかの改善点を期待していたのだろう。会場にいる参加者も、その答えを待っていたに違いない。数秒間黙ったあと、ぼくの口から出た言葉は、「わかりません」だった。

「わかりません。雑談したりする時間もありましたが、それも含めて必要な時間だったと思っています。だから改善点は思いつきません」

会場が止まった気がした。なんださっきまでの勢いは。なんだこの残念な新人は。そう思われている気もした。でも、本当にわからなかったのだ。思い返せば思い返すほど、全ての時間は必要に思えて、改善するところなんて思いつかなかったのだ。

講評にて

プレゼン後、研修室に場所を戻し、講師の牛越さんから研修全体の講評が述べられた。班ごとにまとまって座り、教壇に立つ牛越さんの話を聞いた。研修全体の講評をしたあと、牛越さんはプレゼンの質疑について話し始めた。

「Dグループの質疑のときに、時間についての改善点を聞かれていました。そこで大谷さんは『わかりません』と答えていました」

ドキッとした。自分のことを言われた。それもあまり触れてほしくない場面のことだ。

ああ、あのことを言われるのか。プレゼンでの唯一の失敗は、あの質問に答えられなかったことだろう。あの場面、やっぱりなんらかのアイデアを述べるべきだったんだな。間違えても本音でなくても、なんらかの発言をすべきだったんだな。「わかりません」なんて答えはいちばんダメだ。研修でなにを教わったんだと言われてもしょうがない。あ~褒められたかったな。

そう思いながら聞いていた。でも、つづく牛越さんの言葉は、ぼくの予想とは反対だった。

「最高の答えじゃないですか」

と言った。

「改善点はない。やれるだけのことはやった。最高の答えじゃないですか。これほど講師冥利につきることはない」

そう言った。

涙が出た。すべてが報われた気がした。やっぱり慣れないリーダーは重荷だったし大変だった。もともとぼくはメンバーを引っぱるタイプではない。頑固で妥協したくなくて、それでいてリードしない。いちばん面倒なリーダーだろう。

なかなか決まらないテーマに、「もう簡単なやつでいいじゃん」みたいな空気が流れたこともあったけど、曲げたくなかった。

設計するときも、高い要求をメンバーに求め、ピリついた関係になったこともあった。

研修期間は家に帰っても制作物のことを考えた。「おれはこんなに考えているのに」なんて不満を抱いたこともあった。

そのすべてが報われた気がしたのだ。

予想しなかった言葉を聞いて、顔を上げられなかった。ぼくは泣くのが下手で、嗚咽が出てしまう。漏れる声に気づいた同期たちに泣いている顔を見られないように、下を向くしかなかった。

役割とは

なぜこんな話をしているのか。

人の役割についてだ。社会にいればどうしたって役割は求められる。

社長とか、課長とか、リーダーとか、部下とか。
上司とか、父親とか、大人とか、子どもとか。

でもこれらの役割を果たそうとすればするほど苦しくなる。あの頃のぼくは、リーダーとは名ばかりで、一般的なリーダー像にはほど遠かったと思う。話をまとめるのも、議論をリードするのも、情報を冷静に判断するのも、他のメンバーの方が得意だった。理想のリーダー像と自分とのギャップに苦しんだ。

そう感じていたときだったからこそ、牛越さんの「最高の答えじゃないですか」は響いたのだ。「改善しなくてもいい」「そのままでいい」と言ってもらえている気がしたのだ。

人の役割とはなにか。

上司とかリーダーという小さな視点ではなく、もう少し大きく世の中全体として自分の役割を考えられたらと思う。人にはなんらかの役割があるという。なにかを為すために生まれたという話もある。もしそうだとしたら自分の役割はなんだろうか。

なぜこんなにも不器用で、頑固で、妥協したくなくて、それでいて人と接することは嫌いじゃない、面倒な性格に生まれたのか。

不器用な人にしか、できないことがある。頑固な人にしか、できないことがある。不器用なら不器用さを発揮すればいい。頑固なら頑固さを発揮すればいいのだ。

与えられた役割ではなく、自分という役割を生きる。

自分という役割に生きていれば、成長はあれ改善点などないのだ。

年明けからプロジェクト

なぜ入社当時のことを思い出したのか。それは年明けから本格的に始まるプロジェクトが、入社当時のあの研修と重なる部分があると、予感しているからなんだと思います。関係会社さんと協力して、世の中をちょっとだけ驚かせられたらいいな、なんて思っています。


今週のいちまい

牛越さんの所感です。


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