柿がおいしい季節である。
ぼくは柿が大好きである。毎年この時期は「果物のなかで柿が一番好きだなあ」なんて思う。夏には「やっぱりスイカが一番だなあ」と思うし、春頃には「いちごが一番だ」と思うのだから、自分の好きな果物ランキングほど当てにならないものはないと思うけど、この時期に思うのは「やっぱり柿が一番」ということだ。
最近は夕食の後に柿をむいて食べるのだけど、柿をむく作業は面倒くさい。決してやりたいからやっているのではない。むきながら食べていると、むく時間よりも食べる時間の方が圧倒的に短いのがよくわかる。それでもむいているのは柿を食べたいからであり、食べるためにむいているのだ。
面倒くさいことだらけ
最近思うことがある。それは、仕事上でもプライベートでも、自分が面倒くさいと思うことをやったあとの爽快感についてである。
自分のためにやることでも、仕事のためにやることでも、面倒くささはついてまわる。
文章を書くのも、ランニングするのも、筋トレをするのも、やっぱり面倒くさい。1日やったからといってなにか変わるわけでもないし、1日サボってもたぶん変わらない。やろうがやるまいが大きな影響はないということが、余計にやるのを面倒にする。
また、仕事で成果を出すためには、ときに勇気が必要なこともある。苦手な人に話しかけなくてはいけないかもしれない。目の前の人と交渉しなければいけないかもしれない。知らない人に話しかけなければいけないこともあるかもしれない。面倒だと思うものである。
面倒くさいことをやるとメンタルが安定する
しかしである。
思うのは、この「面倒くさいこと」をやったときの気持ちよさである。面倒だけどコラムを書ききったあとは気持ちがいいし、面倒だけどトレーニングをしたあとも気持ちがいい。身体的な爽快感以上に、気持ちの面での爽快感がある。
面倒くさい。それでもなお、こんな結果をつくりたいからやる。
面倒だ。それでもなお、なりたい自分に近づくためにやる。
そのとき爽快感を感じるのは、「面倒くさい」を乗り越えられたからだろう。“得たいもの”や“なりたいもの”に一歩近づけた自分がいるからなのだろう。
ぼくの経験上、なんとなく気分がすぐれない、精神的にきつくなっている、と思うときこそ実は「面倒くさいこと」ができていなかったりする。柿を見ているだけではストレスである。柿をむくように、「面倒くさいこと」をやることがメンタルを保つ秘訣なのだ。
来年に向けて
さて、年末が近づいてきています。自分がどうなりたいのか、なにを得たいのか、これらを確認するいい時期ですね。来年のなりたい自分に近づくために、得たいものを得るために、どんな「面倒くさいこと」があるか考えていきます。
今週のいちまい
東京のいちょうがきれいでした
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