車を縁石に擦(こす)るのに成功した。
詳しく説明すると、車を左折する際に、右側のバンパーを縁石に乗り上げてしまった。ゴリゴリという必要以上に強い音が車内に響き、車を降りて確認すると、完全に擦った跡がある。車のどこからか外れたであろうよくわからない部品も落ちている。「やっちまった」状態である。
ポジティブ変換
ここで大事なのは捉え方である。車を擦った事実をプラスと捉えるのか、マイナスと捉えるのか、これが運命の分かれ道と言っても過言ではない。つまり、このような一見マイナスに思えることにもプラスの側面を見いだそうとするのは、ピンチの顔をしたチャンスに気づくための「ポジティブ筋」を鍛えるのに格好の教材なのだ。
プラスに捉えるためにはいくつかの視点がある。
「今でよかった。将来もっと高級な車に乗っているはずだから、そのときに擦ったら損害はもっと大きかった」という「時間軸」の視点。
「この場所でよかった。交通量の多い場所だったら交通の妨げになっていたかもしれない」という「場所」の視点。
「この程度でよかった。まだ浅い傷だし、なによりも怪我人が出ていないのが幸いだった」という「程度」の視点。
他にも視点はあるかもしれないが、すぐに考えられるのはこの3つだろう。
さて、車を擦ったばかりのぼくが、人からこういった助言をもらったとして、心の底からそれを受け入れられるだろうか。今でよかった。この場所でよかった。この程度でよかった。不幸中の幸いだ。そんなふうに心から思えるかというと、すぐにそうは思えないに違いない。「やっちまった感」は拭えないだろう。それはおそらく、自分の中に無意識の前提があるからではないか。
失敗を見積る
どんな前提か。それは「自分は事故を起こさないし、車を擦ったりもしない」という前提だ。運転に慣れてきて、普通に運転していれば99.9%なにも起こらないし、トラブルに巻き込まれることもない。そう思っているのだ。無意識のうちに「事故や車をぶつけたりするのはゼロにできる」と思っているのだ。だから、今でよかったなんて到底思えないし、この程度でよかったと言われてもそのことばをそのまま受け取れないのだ。
ポジティブになるには、前提から変える必要がある。つまり、「事故や車を傷つける可能性は当然ある」という前提に立つ。車を運転するなら、生涯で1度は事故を起こすこともあるだろう。車を擦ったりぶつけたりすることも5回は起こるだろう。そんなふうに予め失敗を見積ることができているから、5回の「ぶつける」機会のうち、1回はこの程度だったんだからよかった、と思えるのだ。ポジティブに変換できるのは予め失敗を見積っておけるからである。そして事前に失敗を見積ることができるのは、失敗を数多く経験してきているからだ。
余裕とは、失敗を見積もることで生まれるのだ。
失敗こそ豊かさ
ぼくの周りにいるどこか余裕のある人というのは、つねに失敗やトラブルを見積っているのだろう。それができるのも、きっと積み重ねた数多くの失敗経験があるからだ。そう考えると、成功の数よりも失敗の数こそが、人としての魅力につながっていくのだし、失敗の多い人生のほうが豊かな人生と言える。
と、こうやって書くことで、車を擦りつけた失敗をポジティブに変換できました。さて、泣きながら車を修理に出すことにします。
今週のいちまい
静岡で釣りをしました。アオリイカを釣っている方におすそ分けをいただきました。
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